2008年12月28日

雁木(がんぎ)

gan.JPG雁木は今で言うアーケードとでも申しましょうか。雪国とくに新潟県の高田(現上越市)のそれは有名で、雪深い地域の歩道として重宝なものです。写真は長野県の飯山市の雁木通りですが、役目は同じです。しかし最近は俗に言うシャッターどおりが増えて、衰退の方向にあるようです。

国道が狭くなってバイパスが作られ、更にバイパスが作られて行きます。この段階で旧商店街は忘れられて、道幅の広い新しい商店街へと移動していきます。最近では郊外型のショッピングモールが出来て益々商店街は衰退し極端な場合廃業に追い込まれているようです。車中心の社会構造にもはや駐車場無しでは成り立たなくなっている。

もっともこれは田舎の話で、大都市圏では相変わらずデパートが商圏の中心であることに変わりは無いようです。車の購入費用よりも、毎月の駐車料金がかさむようでは、自家用車に用は無いでしょう。地下鉄・電車・公営バス・タクシーと足に不自由はありません。これを悪用して【居酒屋タクシー】等と変な造語が生まれてしまいました。

最近高田の雁木通りを歩いていないので、時間を作って散策してみようかな?と思ったりもしています。

2008年12月27日

瀬戸神社

sjin.JPG瀬戸は日本人の姓の一つです。国語辞典では海峡とか小さな海(入り江)、川の狭まったところと説明されています。明治8年平民苗字必称義務令公布以降それまでの名字を改めて、地名や地元の有力者名をつけたり、あるいは僧侶・名主に頼んで適当に付けてもらったようです。つまりそれ以前の先祖伝来の名を名乗っているとは限らないようです。もしも菩提寺に過去帳があるようでしたら、そちらで確認できると思いますが、多くの場合火災や騒動などで消滅しているために困難のようです。

瀬戸神社は、1180年源頼朝が加護をいただいた三島大社を金沢区瀬戸に勧請(かんじょう)して社殿を建立したので瀬戸三島明神とも呼ばれています。金沢八景の近くで、国道16号線に面しています。スーパーダイエー金沢八景店と契約して駐車場を確保するあたりは、現代的な感覚で商売の神様かなと思ったりもします。

源頼朝は伊豆に流刑後再興のチャンスをうかがっている最中、北条政子との出会いが運命を変えるきっかけとなったのでしょう。平清盛の命を受け伊東祐親は頼朝の監視役だったが、頼朝はその目を盗んで祐親の娘八重姫と通じて子をもうける。これに激怒した祐親に追われて逃げ込んだ走湯権現で北条時政に匿われて事なきを得るが、そこで政子とできてしまうのであるから「逆玉」の元祖的存在とでも申しましょうか?しかも伊東、北条の父親は平家の怒りを恐れて二人の仲を許さなかったことを思うと、頼朝の情熱は親の教えさえも打ち砕いたとも言える。伊東祐親の地元は現在の伊東市からすると、名字が先か知名が先かわからなくなってしまう。しかしそれにより、鎌倉幕府を作り征夷大将軍となるわけですが、ライバルとなる者は、例え血族であっても容赦しなかった冷血漢は、女房の政子が大変嫉妬深かったことへのストレスを政治や権力に振り向けた効果なのでしょうか?

瀬戸の地名は、海から遠く離れた岡山県瀬戸町愛知県瀬戸市 もあることから、海と切り離して考えても良いようです。他にも、とくに川に沿った地域にその地名を見つけることがあります。

瀬戸神社 伊東祐親 源頼朝

日本の苗字7000傑の457番目にあります。

瀬戸農場

2008年12月22日

お米の価格お米の値段

keiro.jpgお米の価格お米の値段は、品種・生産地・生産年度・等級など、条件によって変わります。
米穀年度は、11月1日から始まり10月31日に終わります。つまり、その間は新米ですから、10月10日に買ったお米が、前年度産でも文句は言えないわけです。それを過ぎると、古米になったり、古古米になったりします。
しかし農家からの産直米は、刈り取りが終われば、即日精米して、お客様にお届けいたすますので、新潟県の平野地域の場合、9月末日には、新米コシヒカリやこしいぶき、もち米のこがねもちを、消費者の食卓で味わうことが出来るわけです。
お客様の食べているお米が、高い米か?安い米か?その値段や価格の判断は出来ませんが、コメ価格センター (財団法人全国米穀取引・価格形成センター)の取引価格を参考にされてください。同じお米でも取引月日によって変動しますので、定期的に確認した方が宜しいと思います。この価格に、米屋さんや量販店の利益や経費消費税が加算されて、米の販売価格や値段がが決定されます。

食糧法で変わった、お米の流通経路
産直農家の米がなぜ安いのか?上図を見ていただけばご理解できると思います。
例えが適切であるかどうかは別問題として、自動車等の工業製品を工場から直接買うことが出来たら、おそらく市場価格の半値以下で手に入れることが出来るでしょう。しかし、実際にはそのようなことは不可能です。何故なら販売されていないからです。個人企業で手作りの自動車を販売しているメーカーもありますが、かなりの価格になっています。それは、大量生産と違ってコストがかかりすぎるからです。
お米も同じです。農家Aの値段と農家Bの値段は本来は違って当然なのでしょうが、JAの買い上げ価格が決定されていますので(価格形成センターにより)概算払いが出来るわけです。
お米は、図のような流通経路で生産者から消費者の手に渡ります。食料管理法の改正で、農家も直接お米を販売できるようになりました。かっては「ヤミ米」と言われ違法なものでしたが、現在では合法であり問題はありません。

Google検索お米の値段 

Yahoo検索お米の値段

値段の高いお米

2008年12月20日

テフロン加工

  • tefu.JPGテフロンはアメリカのデュポン社によって1946年に製品化されたフッ素樹脂加工の商品名を指すようです。フライパンや鍋等の食器に使われて、あまりにも身近な存在なので気軽に使っていますが、実は固有名詞だったのかな?これに似た話があります。俗に「ユンボ」と呼ばれる建設機械はフランスのシカム社の油圧ショベルを指しレンタルのニッケンの登録商標となっています。その後技術提携した新三菱重工 (現・三菱重工業) の国産機にも同じ名前を付けたのが始まりです。国産第一号でありしかもその性能の良さから、業界では固有名詞を代名詞に使うようになりました。その後日立製作所・小松製作所・コベルコ・住友建機と多くの業者が製造販売するようになりました。しかし、固有名詞でありながら市民権を得たユンボは油圧ショベルの代名詞として一人歩きしてしまいました。それまでは

穴を掘る=ワイヤー式ショベル

均平にする=ブルドーザー

と持ち場は決まっていましたが、油圧ショベルの出現で一台二役の仕事をこなせるようになり建設業者にとって欠くことのできない建設機械となりました。今でもその存在は変わっていません。

あるときK製作所に油圧ショベルの積み込みに伺ったら「Kに積み込みに来てユンボはタブー」と忠告されました。何故?????と思ったのですが?????でした。今になって思えばライバル会社の機械を名乗られて気分の良いはずがありません。

話が横道にそれましたが、フッ素樹脂加工の代名詞にテフロン加工と言うのは、問題がるのか無いのか不明です。その製品により原爆の製造を容易にしたことを知ったときは驚きでした。耐熱性と耐薬品性に優れたテフロンは、薬品の輸送に大きな役割を果たしたのです。デュポン社の製品には農薬もあります、創業1802年の過去には三大財閥と言われたことのある会社日本では過去の三井・三菱・住友をしのぐ会社です。

それは別問題として、多くの会社でフッ素樹脂加工のフライパン等を製造しているが、6ヶ月くらいで焦げ付くようになってしまう。焦げ付かないが売りのフッ素樹脂加工ですが、260℃以上の温度になると劣化が始まるようです。と言うことは、煮物に使う鍋なら概ね大丈夫でも、フライパンの場合焼き物や炒め物の場合「空焚き」をすることもあるので、はげてしまう可能性は十分にあるわけです。最近では鉄ヘラも大丈夫とか謳っていますが寿命を短縮することを行っていることになります。

このように考えると、フライパンは昔ながらのステンレス、卵焼きは銅製、中華なべは鉄製と使い分けるのが一番なのでしょうか。

 

 

2008年12月14日

シャンプー&リンス

sya.JPG昔は石鹸で体も髪の毛も洗っていました。当然リンスなど無かった時代です。でも良く考えてみると、どこまでが頭でどこから額になるのか区別がつきません。とくに屋根が傷んできている人には境目の区別がさらに分からなくなってくる。しかし、そんなにデリケートに考えなくとも人体に悪影響は無いでしょう。石鹸で髪を洗ってそのまま顔を洗ったら便利で経済的なのではないですか?それなら、シャンプーで髪を洗ったついでに顔も洗って体も洗う、しかしシャンプーの値段よりボディーソープの方が安価なのでそれで兼用したほうが経済的かな?どちらにしても悩むほどの問題ではないでしょう。

そもそも「髪は女の命」とか言われた時代もありました。カラスの濡れ羽色なる黒髪は、つややかで日本人の誇りかと思っていたら、いつの間にか茶髪の女性が多くなって、風になびく黒髪の女性を見つけるのが困難な時代です。彫りの深い外国人には、金髪も茶髪の似合うでしょうが東洋系の顔には今一のように思っても、世の中の流れがそうなら仕方ない。美容院ではそれなりに褒め言葉でお客様に勧めているのでしょう、営業用に踊らされてとは申しませんがそれに近いものもあるのではないですか?身近な女性は、時折「白髪染め」をしていますが、ビニール手袋をはめて染料を髪に塗っていますが、この時素手で行ったらいかがなるのでしょう。手に付いた染料が落ちなくなる?手が荒れる?たずねてみたことも無いので不明ですが、もしも荒れるようなことがあったら頭皮は大丈夫なのでしょうか。

夏海水浴に行くと、紫外線にやられて体中の皮膚がはげてきます。しかし同じ紫外線に晒されても顔や頭皮は大丈夫です。それほど丈夫に出来ているということでしょうか。通常生活の中で体の殆どは衣服で保護されていますが、顔や頭皮はむき出しで一年中生活しています。そのおかげで大丈夫だとすれば白髪染めの薬品くらいでは犯されることも無いでしょう。シャンプーで全身を洗うか、ボディーソープで全身を洗うか焼酎のコーヒー割を飲みながら考えて見ます。

ブラジル移民100年

  • bu.JPG面積日本の約22倍
  • 時差マイナス11~13時間
  • 日系人約150万人
  • 世界一のコーヒー輸出国
  • 建設後40年で世界遺産に登録された都市がある
  • 南北アメリカ唯一のポルトガルを言語とする
  • 2008年日本人移住100年
  • 南の島に雪が降る

ブラジルはそんな国です。

世界の多くの国は港もしくはそれに近いところを中心にして首都が形成されて行くようです。それは海や川から新しい文化が運ばれてきたからでしょう。もちろん侵略も海から始まりました。ブラジルの原住民は俗に言うインディアンです。彼等の祖先はベーリング海峡を渡って来たといわれています。アラスカ・カナダ・北アメリカ・中米・南米の太平洋側にその足跡が多く見られるようです。ポルトガルの植民地から独立して、それ以前から栽培されていた「ブラジルの木」から採取する染料を輸出する大地主が多くありました。独立後も黒人の奴隷を使って大地主は成長して行きましたが、採取から栽培に変わり馬鈴薯・コーヒー・サトウキビ・胡椒が多く輸出されました。しかし輸送に時間と経費のかかる内陸部は手付かずで、場所によっては間口長さで土地を売買していた時も有ったくらいです。

当然所得格差も大きく、その解消のために首都をリオデジャネーロから、標高1100メートルの高原に遷都しました。リオデジャネーロは1808年のナポレオン戦争でスペインを追われた王子と女王は宮廷を移し連合王国とした歴史も有る土地です。リオ=川・ジャネーロ=一月からその地名が付けられましたが、入り組んだ海岸線を川と間違えたのでしょうか?コパカバーナ、イパネバ海岸の観光地は、プライベートビーチでもないのにトップレス姿の女性を多く見かける。

ブラジリアの建設は1956年から41ヶ月の急ピッチで行われた。当時の大統領ジュセリーノ・クビチェック氏の5年の任期以内に完成させる意図もあったと思う。お椀を伏せた形と起こした形を左右に配した国会議事堂は見ごたえがあります。完成後は、日本人の勤勉さが買われて、近郷での農産物の生産に便利が図られたそうです。しかし元来何も無かった高原ですから、人口も少なくこれといった産業も無い中、莫大な建設費の影響からブラジルは急激な経済の悪化となってしまいました。

南のリオグランデでは8月に雪の降ることもあります。積雪になることは無いでしょうが、南極に近くなるので当然といえば当然です。

ナイアガラの滝ヴィクトリアの滝 と並んで世界の三大瀑布のイグアスの滝は隣のアルゼンチンにまたがり、パラナ川の支流イグアス川の下流にあり、なだらかな流れの川から突然80メートルの落差となる滝は絶景で、虹が実に奇麗です。水しぶきのかかる遊歩道を歩いていると吸い込まれそうになる景観は言葉を失ってしまいます。

100年の時が流れて、30万人もの日系ブラジル人が日本に職を求めて生活するようになりました。主に自動車関係の製造業に従事する彼らは派遣社員が多く、経済悪化にともなうリストラでその生活を奪われようとしています。ブラジルの農業に貢献した日本人移住者、そして日本の自動車産業を支えた日系ブラジル人はこの先如何なる道を歩んで行くのでしょうか。記念すべきこの年に、苦渋の選択を迫られる人たちは、怒りの矛先をどこに持っていけばよいのか悩んでも悩みきれない実態がそこにあります。

2008年12月12日

猫の目行政

hana.JPG世界恐慌といっても過言ではないような経済の悪化した昨今、行政も決定的な解決策もなく苦難の毎日です。口を開けば「政権交代」を野党から突きつけられて「泣きっ面に蜂」とはこのことでしょうか?特別予算に10兆円だ12兆円だと簡単に口から飛び出してくるが、そんなお金どこから工面してくるの?本当に埋蔵金があるの・・・・・煙草税の増税と言いながら、JR駅構内は全面禁煙を決定、愛煙家には手痛い仕打ちではないでしょうか。国鉄清算事業団に煙草一本から一円の税金が徴収されているのに、この怒りをどこに持っていけば良いのか憤懣やるかたなしである。

その場しのぎで、いろんな政策を打ち出してくるが、しばらくすると違う方向に話しが進んでいる、まさに猫の目行政そのものです。

戦後の食糧不足の頃、農魚村票の多くは社会党や共産党の議員に流れていた。彼らは農村の代表として、価格の決定に貢献していたので当然と言えば当然の流れであった。その後、食糧管理制度に基づき米価審議会を経て生産者米価が決定されるようになり、その上に政治加算を自民党が行うようになってから、農山漁村は自民党にとって大票田になって行った。有権者も、頼めば上がる価格にその依存度を高めて行った。しかし、米不足から米あまりの時代に移り米の統制は食糧法により実質解除されて自由市場になり、政府米なる名前のお米は無くなった。しかし、なくなっても自主流通米の価格は限度内で国が決定しているのが実態である。今年の秋も衆議院解散を見込んで、昨年より2000円ほどの上乗せが行われた。しかし、解散の顔はその時期を見誤って、未だに予定も無いようである。

この時期、決定的な打開策は無いでしょうが、マスコミは毎日のように「リストラ」を取り上げ、年を越せない・住む家が無いと騒ぎ立てる。国民はいっそう危機感を深めて行くだけしか能がない状態である。

猫の目行政が悪いのか、それに踊らされる有権者が悪いのか「あなたと違うんです」とタンかを切ってその座を明け渡した総理大臣も居る。立つ鳥跡を濁さずであって欲しかったと思うのは小生だけだろうか。日本丸の船長さん間違った方向に舵を切らないで下さい。

瀬戸農場

2008年12月11日

振り込め詐欺

furi.jpgある日突然写真のようなダイレクトメールが届いた。世界的な構造不況の中経営者も従業員も大なり小なり不安を抱えているので「地獄に仏」と思い込んだら大間違い。地獄からの招待状です。この手のダイレクトメールの特徴は、表には差出人の住所等はありません。開いてみると、トップに誘いの殺し文句を大きく表示しています。さらに、会社名は大手の信販会社に似た名前を使っているので、あわてて読むと勘違いしてしまいます。そして継続してこの種のダイレクトメールが届けられることから、どこかにリストがあるのでしょう。それを使い回しています。ネットで販売されていると聞いたこともあります。無作為に発送したのでは、通信費も無駄になってしまいます。

そのまま放置すれば、電話等で勧誘してくることは殆どありません。しかし、懐具合を思うとつい電話してしまうのです。この場合フリーダイヤルが多く、どの地域に繋がっているのか発信者には判明できないようになっています。フリーダイヤル=無料という意識から「ありがたい」という心理が働き、親切な業者というイメージを抱かせる効果もあります。この時業者はリストを作り始めます。住所・氏名・電話番号・勤務先・年収・etc・・・・融資希望金額を確認して、ご希望金額が大きいので上司に相談して結果をお知らせしますので、いったん電話を切ってお待ち下さい、10分後に結果をお知らせしますので再度電話をお願いします。「上司に相談して」もなかなかの殺し文句です。既に銀行融資は限界でローンも限度一杯の借り入れで、身動きできない本人としては緊張が高まります。10分待って電話すると「上司は却下しましたが、今回は担当の判断で特別枠を作りました」特別枠????上司がダメと言っているのに、担当の判断で・・???そんなことできる筈もありません。焦げ付いたら誰が責任を取るのですか??しかしこの殺し文句にマンマとはまり、融資保証金名目で詐欺に会ってしまいます。

昨今消費者金融の多くも銀行系に吸収されて、審査もそれなりに厳しいようです。それなのに審査もなしに、補償人も担保もなしに融資してくれるなんて、しかも低利子で・・・・。余裕があって考えてみれば理解できるのですが、弱みに付け込んで畳み掛けるように話を進められたら、多くの希望者がサギにあってしまう結果となるでしょう。

インターネットに繋がる環境をお持ちの諸兄は先ず、Yahoo Google 等の検索エンジンで会社を調べて見ましょう。商売ですから殆どの場合自社のサイトがあるはずです。検索に見当たらなかったら、この話は無かったことにしましょう。世の中そんなに甘くはありません、経験から導き出された結論です。小生の場合、銀行のATMではなく、消費者金融のATMを指定されました。指定された消費者金融が近くに無かったので無事でしたが、もしも銀行からの振込みだったとしたら「金返せ!!」と地団駄を踏んでいることでしょう。

2008年12月 9日

サザンカ 山茶花

sazan.JPG童謡の「たきび」の歌詞に出てきたのを覚えているが、花の形や色を想像したことはなかった。その後大人に成って1982年に大川栄策氏の歌う「さざんかの宿」で、再びその歌と出会い調べたことがあった。名前から推測すると「お茶の品種?」と思いそうであるが、実はツバキ科の花木でチャの木と同じである。しかしチャ畑は見たことがあっても花を見たことが無い。ツバキの花は入院見舞いには持っていかないこと、つまり花首からボロッと落ちるので、縁起が悪いから・・・・山茶花の花は花びらが一枚づつ散って行く。それと120万枚の大ヒット曲との関係は????1982年といえばバブル景気の初期の時代です。お金を手にした男女の思うことは??衣食足りて礼節を忘れるではありませんが「色欲」への憧れでしょうか。1ドル240円から120円の円高になる少し前ですから、実質的に個人へのバブルは殆ど関係なかったのですが、雰囲気としてなんとなく儲かったような気持ちになっていたのでしょう。もちろん資産家や投資家たちは大いに儲かって行きました。そんな流れの中で「不倫」をテーマにしたこの曲は、大衆に溶け込んで「赤く咲いても冬の花・・・」と多くの人たちがカラオケで歌っていました。

不倫は不倫だから楽しいのであって、それを現実に繋げようとすると間違いなく破綻の道へ直行である。というと体験的な文になってしまいますが、そのような事実はありません。

大川栄策氏は家具の特産地でもある、福岡県大川市の出身。上京して古賀政男氏に弟子入り、目ン無い千鳥でデビューしましたが、なんと先輩のアントニオ古賀氏のB面でした。氏はクラッシックギターの名手でトリオ・ロス・パンチョスの日本公演にゲスト出演したことでも有名ですが、聞く人を魅了するテクニックは日本一と思っております。ラテンギターも素晴らしい!!最近はめったにテレビで見ることはできないが、お元気で活躍のようです。先輩の鶴岡雅義氏はレキントギターですが、コンビで活躍したこともありました。氏は作曲も多く手がけてグループの東京ロマンチカはもちろんのこと、石原裕次郎氏の「二人の世界・泣かせるぜ」でも得意の作曲とレキントギターに自ら参加している。

話が右往左往しましたが、山茶花はお茶ではなく同じ仲間のツバキ科の晩秋から冬に咲く花木、雪椿との違い等仔細は分からないが「雪椿」では、小林幸子のヒット曲もある。小林もまた古賀政男氏のの門下生で繋がることは、偶然の一致だろうか。

2008年12月 7日

携帯電話

kei.JPG若かりし頃、思いを寄せている女性に連絡を取るには、電話か手紙しかありませんでした。悪筆で文章の組み立ても出来ない小生には、手取り早く電話が便利な道具でした。と言うよりも、手紙では文章の内容を吟味しないと、取り返しの付かない事態になる可能性もあり、けっこう難しいのです。告白後であれば、第一段階はクリアしているので、日常の出来事を報告して次回の誘いを促す程度で宜しいのでしょうが、そこまで漕ぎ着けるのに国語辞典と首っ丈で頑張らなければなりません。電話ならいかがかと言えば、必ずしも目的の人物が電話口に出るとは限らない。気をつけないといけないのは、母親が電話に出た場合です。姉妹よりよりも変調が似ているので、いきなり「オレオレ」と告げようものなら「?????」で、一気に評価が落ちる。多くの父親の場合、照れくさいので直接は関与しないで、母親にその旨意思を伝えてブレーキを要請したりするようである。小生も人の親になって、娘のBFからの電話でも興味無しを装うってきた。実際に興味は無い。

現代社会では、携帯電話は個人の所有物であるから、目的の人物以外が対応に出ることは殆ど無いと思っても良いでしょう。しかも相手が誰であるか表示されるので、都合が悪ければ「居留守番電話??」も使えるし、着暦でリダイアルも可能、大切な電話を取りこぼすことも無い。それを悪用したのが「ワンギリ」なる種々の勧誘です。主に出会い系なのでしょうが、コンピューターを使って無作為に発信して、しかも相手に出る暇を与えないように、一回の呼び出しで切り折り返しのリダイアルを暗に要請する仕組みです。しかも回線電話では怪しまれるので、携帯電話の番号から発信している。このシステムも法律で封印されて、近頃は振り込め詐欺の必需品?となっている。便利の裏返しは悪用するにも便利と言うことになっている。

小生がこの便利な器械に出会ったのは1993年頃です。バブル崩壊の余波もあり景気は良くなかったものの、多くがそこからの脱却を狙っていた時期でも有る。その頃外出先の連絡には、ディスプレーの付いたポケットベルが主流であった。しかし現場に臨時電話でもあれば別だが、ポケベルでメッセージを受信後に公衆電話を探すのも一苦労であった。そんな時新聞のコラムに「携帯電話で伸ばした営業実績」を発見。見たもの乞食の小生は、すぐさまNTTに走った。保証金込み一ヶ月待ちの23万円也!!!!!!個人的な出費としては相当な金額、しかも通話料金はバカ高い。試しに公衆電話から掛けてみたら、十円玉を入れるのが間に合わない!!この通話料金が毎月六万円前後。しかしそれなりのメリットは確かにあった。何時の時代も緊急の場合は「金に糸目は付けない」ことも多くある。そんな弱り目に付け込んだのではないが、緊急時の仕事が自動的に転がり込んでくる。運転中の通話の規制も無く、超多忙でした。しかし、当時はアナログだったので混信も多く、他人様の丸秘会話が聞こえたり(此方も聞かれていた可能性だい)エリアによっては頭の番号を090⇔080に切り替えることも必要であった。すぐにデジタル化になり問題は全て解消、しかも当初外付けのハードディスクほどの大きさから、現在の携帯電話ほどの大きさになっていった。

大阪府では児童生徒の携帯所持が問題になっているようですが、授業中は必要ないでしょう。帰宅後も必要無いのでは?非常時の連絡に効果があるというが、あった方が便利でしょうが、一人で非常事態に陥るような原因を、むしろ携帯電話が作り出していると言った方が当たっているような気がします。

電話回線を引くよりも安くなった携帯電話、通話料金もドンドン安くなっていく。使う側にとって安いに越したことは無い便利な携帯電話も、既に飽和状態で内需の拡大は見込めないとか・・・・・・

2008年12月 4日

壁の花

kabe.JPG花は目から摂取する「心のビタミン愛」かな??奇麗な花にはトゲがあるとも言いますが、それは植物の種の保存のために自然に残した本能ではないでしょうか。トゲのある植物は動物にとって有り難くありません「これは痛いから食べないようにしよう」と思うでしょう。一方の植物にすれば、動物に食べられたのでは受粉できないので種の保存になりません。派手な色で昆虫を誘って受粉の手助けをお願いして後にを残していく。それを出来た植物だけが現在まで残っているのでしょう。代表はバラです。もちろん人の手で品種改良が行われて、より人間に好まれる種が生まれたのでしょうが・・・・・・・近年では「青いバラ」まで誕生して、人間の種の保存(経済的)に貢献しているようです。昆虫に色の識別が出来るかわかりませんが、青色より赤色に多く集まると思います。すると自然界で青いバラは淘汰されてしまうのでは???もっとも交配雑種だから、たねからそのバラが育つかどうかは不明です。アメリカを筆頭に外国では植物の意匠登録も多く行われています。海外視察団の一行が、ある農場からバラの枝を折って持ち帰り挿し木で繁殖させて売り出したら、訴訟を起こされたことは有名です。

ところで「壁の花」なる言葉は、壁に飾った花もありますが、ダンスパーティーの隠語で「踊る相手が居なく壁際に立っている女性」だそうです。男性の場合「壁の染み」と表現するそうですが、女尊男卑では無いでしょうか!!マしかし、ダンスも踊れないのにダンスパーティーに行く男の下心が見え隠れして、賢い女性は近づくはずもありませんから・・・・・諸兄くれぐれもご用心!!踊れないなら「ラストダンスは私と」と言いつつアッシー君のほうがスマートかも?????

2008年12月 2日

フェリーおおさか

f-osaka1.JPG名門大洋フェリー所属のフェリーおおさかは、他の3隻と交互に大阪南港~北九州新文司間を往復している。燃料油変動価格調整金(燃油サーチャージ)は、重油を燃料とする大型船舶にも適応されている。船賃=115,000円に6,000円ほどが別途支払いになるが、既に原油価格は下がったのに燃料油価格に反映されるのはかなり遅い。何処かで誰かがその差額をプールしているのでは?と思われてもしょうがないでしょう。2,700馬力のこの船は1リットル何メートル位走行できるのでしょうか?50メートル100メートル・・・・想像もつかない。

船が出港すると飛行機は機長が挨拶するように、船長が挨拶をする。「本日はご乗船有難う・・・・・・・・・本船は○○港を定時に出港○○港には○○時に到着の予定です・・・」の定型句を述べるが、その後全く姿を見る機会がない。船の全責任者だから、その辺にウロウロしている時間は無いのでしょうが「生産者の顔の見える農産物」とやらが人気の昨今、フェリーの人気も船長の顔見世で人気が上がるかもしれない。しかしそれによって「おば様方」が群がって、乗船予約が取れなくなるのも問題だが????

外国航路の場合、一等船客とエコノミー客の食事は同じ食堂で行われる(全てとは限らない)当然時間帯が合いば船長とも同席になるし、客室乗務員も同席する。航海中は自動操舵で航行するのそうですが、接岸と離岸は船長自ら操舵するとも聞きました。通常前後に進む船を横の桟橋にも近づけながら接岸するのですから、熟練を要するのは間違いありません。しかし最近の船には、横向きに推進するスクリューも付いているので、少しは緩和されたのでしょうか。

乗組員の皆様も食堂で見かけないことを思うと、専用の食堂があるのかも、いや有るのでしょう!!海軍と一緒で金曜日はカレーライスかな??

2008年12月 1日

フェリーダイヤモンド

feri-daiamonndo.JPGさんふらわーごーるどの就航で2007年11月に引退した1986年就航のフェリーです。21年間九州と阪神間を航行したこの船の航行距離はどのくらいでしょうか?

  • 点検や悪天候による休航を毎月5回 
  • 阪神地域~大分港までの距離450km(海上距離)
  • 21年
  • 25日×12月×21年×450km=2,835,000km

個人的な計算ですので、全く根拠はありません。25,200馬力9,023総トンの船がこれだけの航行を行うには、何回ほどエンジンのオーバーホールを行ったのでしょうか?最近の10トントラックは100万キロ無オーバーホールはごく当たり前になっています。しかも高速道路使用の車両では、5年間で突破する車もあります。走るほど故障は多くなるでしょうが、走らなくとも車庫に眠っていても陳腐化・老朽化は進みます。11年で10万キロそこそこの小生の自家用車も、その一台でしょう。最近部品の劣化で頻繁に故障します。

排気ガスによる地球温暖化への影響を考慮すれば、10トントラック100台以上を一気に運ぶことが出来ますので、地球に優しいのは理解できます。