2008年11月21日

美味しいコーヒー

coffee.JPGコーヒーが大好きで日に1ℓ(10杯)以上は飲むでしょう。その影響か顔だけが黒人なみです。そのため、照明の弱いスナックで酒を飲んでいると「此方を向いて飲んでください???」等とからかわれたことは、一度や二度ではありません。「顔は黒いが腹は真っ白」と、会話のきっかけを作りやすく、仲良しに成れたのも一度や二度ではありません。このことから導き出せる答えは「短所を長所に繋げる」思いかな??・・・・・

昔は単なる自己満足でサイフォンでドリップしていましたが、最近のインスタントコーヒーの製造技術はめざましく発達して、喫茶店のコーヒーと比べても何の遜色もないように思っています。そのことから、100%インスタントコーヒーで済ませています。

コーヒー=ブラジルは生産量輸出量ともに世界一で、自国でもよく飲まれてます。街角にある立ち飲みコーヒー屋(バール)では、一口で飲み切る程の小さなカップに並々とコーヒーを注ぎ、その中に更に好きなだけ砂糖を入れて飲みます。当然テーブルにコーヒーが溢れますが、全く問題なし。飲み放題?だったかは忘れました。家庭では牛乳にコーヒーを溶かすオーレも良く飲みました。コーヒー牛乳ではありません、濃厚な牛乳に溶かすコーヒーの味は最高でした。

コーヒーノキはコーヒーベルトと呼ばれる赤道に近い国に多く栽培されているため、寒さに弱くブラジルでは霜害による価格の高騰も珍しくありません。当然世界の相場にも大きな影響を及ぼします。

肥沃で広大なブラジルの「テーラロシア」と呼ばれる赤土の農場は、100年間肥料が要らないとまでいわれていました。その裏は「肥料を施せば更に多く採れる」でしょう。全て手作業ですから、収穫には多くの労働者を必要とします。それを担うのが黒人労働者です。力があり大人数の家族でコーヒー栽培に携わり生産の立役者でした。サッカーの神様「ペレ」もそこからの出身者であることから、休息時間にはボールを蹴って第二のペレを目指す者も少なくないありさまです。

サッカー(フットボール)は、ボール一個有れば一人ででも練習のできるスポーツだから、野球のように道具や人数に全くこだわりなく楽しめるし練習もできる。といっても競技自体は、もっともチームプレーの必要とされるスポーツであることに変わりはない。

あれから40有余年、時代は流れて多くのブラジル人が日本に出稼ぎに来るようになりました。日系人なら就労ビザも可能で、その昔一攫千金を夢見て渡伯(ブラジルに渡る)した、祖父や曽祖父の子孫が約20万人も働いています。仕事先で偶然彼らと出会うこともあります「ボンジィア コモバイ(お元気ですか?)」と声をかけると「トゥドゥベン(元気だよ!)イボッセ(あなたは?)」と聞き返しくるので「イウタンベン(私も同じです)」当然「ボッセイブラジレーロ(あなたはブラジル人ですか?)」と更に会話が進む・・・・・・・大陸性気候のせいか、誰もが気さくで愉快な人が多い。思わず「バーモトマカフェ(コーヒーでも飲むか)」と言いたくなってくるが、立場上そんなわけにも行かない。

南半球のブラジルはそろそろ初夏の季節、でもクリスマスはチャントある。2月になればカーニバル、一年で一番華やかな祭りがこれに尽きる。

奴隷解放と関係があるのかないのか、黒人の存在がやけに目立つ。小さな布切れで局所だけ隠しただけのコスチューム、激しい腰振りダンス、初期の移民者はこれを見てどんな思いを抱いたのだろうか?あわせの着物にもんぺスタイルからは、想像を絶する世界だったと予測するに難くない。大昔からあのコスチュームとは思っていないが・・・・・

 

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